バルセロナ彷徨/アンダルシアへの小旅行

5月24日/土曜日
イベリア航空を利用してバルセロナに入った。スペインへ行くのは3年ぶりである。もちろん日本から出発する便に乗るのは始めて。16時間!の空の旅だ。一番驚いたのは、日本人観光客が猛烈多いこと。文字通り老若男女、あらゆるタグイの人達が目を輝かせながらスペインへの旅路に付いていた。
途中乗り継ぎのモククワ空港の2Fラウンジで、今回のロケ・スタッフ、尾関記者とイラストレーターの佐藤君と一緒にハイネケンを飲んでいたら、BGMにフランク・シナトラが流れていた。こいつも驚き。それとマドリードでの乗り換えにムチャクチャ迷って、空港内をあっちゃこっちゃウロウロしたのにも参った。日本からイベリア航空を利用してマドリード乗り換えでバルセロナへ行く人。気をつけませう。あなたの乗る換える飛行機は国際線出発ロビーから出ています。飛行機は違いますが便名は同じです。
とにもかくにも何とかバルセロナに到着したのが夜中の12時すぎ。なかなかヘビーな空の旅路でした。
5月25日/日曜日
本日はF1開催日。シューマッハ君と右京さんの活躍を取材しに尾関記者は、尾っぽを振りながら早朝からカタロニア・サーキットへ単独で出かけた。その後ろ姿を、ひたすら羨ましそうにながらも、イラストレーターの佐藤君は小雨の中を僕と一緒に旧市街地へ。古本屋と切手屋、古銭屋の露店が軒を並べるサン・アントニオ市場へ出てみた。この辺りは、地元に暮らす人々が集まる地域密着型の街なのだ。
バルセロナの日曜日。言うまでもなく地元の店はほとんど開いていない。けっこう閑散としている。それでもサン・アントニオ市場は、相変わらず学生然とした若者たちが古本をあれこれ物色していて、なかなか活気があった。コミックスの露店が人気のようだった。ついでにそのまま路地裏の迷路のような細い通りに入ってみた。朝早かったせいもあって、教会に出かけるらしい正装した地元の人とすれ違いながら、旧い時代そのままの町並みを暫く彷徨してみた。時折見かける小さなバルも、まだ店自体が眠そうで気だるい雰囲気だった。いいなあ、こんな所なら住んでみてもいいなあ。これ、僕の実感。
小さなカフェテリアで休憩した後、ミロの公園の所からアレナスの闘牛場を抜けて見本市会場の横からモンジュイックの丘へ向かった。ミロ博物館と軍事博物館がお目当てである。日曜日のモンジュイックは子連れが多い。子連れと老人が沢山歩いている街は信用できる。これ、僕が原則的な街についての判断基準である。しかるにバルセロナは信用できる街なのだ。

5月26日/月曜日
昨日の夜。再度、カタロニア広場まで晩飯に出かけた。食事が済んでホテルに帰ったのが12時すぎ。おかげで寝たのは2時を回っていた。全員かなりバテていて、目が覚めたのが9時すぎ。10時までの朝食にようやく飛び込んで間に合う始末だった。
それでも何とかホテルを11時ちょいに出発できたので、ガウディのサクラダ・ファミリアには12時前に到着した。ピーカンな初夏の日差しの中で、次から次からに到着する観光バスの連中に混ざりながら、便秘のウンコのように狭い尖塔の螺旋階段の中を上がったり下がったりした。もう嫌。「人がすれ違うこと考えてないんですね、ガウディは。」とイラストレーターの佐藤君がこぼしてたけど、そりゃそうだ。ガウディの時代に、こんなにこの教会へ観光客がやって来るなんて、誰も考えもしなかったろう。
教会の前の日本語のメニューがあるレストランで昼食後、尾関記者と僕と2班に分かれた。尾関記者はガウディの他の建物廻り。僕と佐藤君はノミの市へ。ところが、ところがだよ。とりあえず一回、デパートに寄りたいということでカタロニア広場へ戻ったら、地下鉄の構内でデカいシェパード犬を連れたお巡りに佐藤君が捕まっちまったんだよ!まいったね。
どうやら構内をヴィデオを回しながら歩いていたのがいけなかったらしい。ヴィデオをこの場で消去しろという。もっともスペイン語だから、何を言っているのかよく判らないんだけど。消去して見せたら何とか赦してもらった。
ほうほうのていで再度地下鉄に乗って、グローリェスのノミの市へ。かんかん照りの中、バラックが軒を並べる店の間を歩き回って、靴下6枚買ってホテルに戻った。途中で自動販売機のコカ・コーラを買ったら150ペセタだった。
5月27日/火曜日 今日は移動日。アンダルシアへ向かう。朝飯もソソくさと済ませて機上へ。一時間少々にてセルビアへ到着した。今回のアンダルシアへの小旅行は、この街をベースに予定を組んでいる。ホテルへチェックインの後、さっそく街へ出た。 ホテルの前でタクシーを拾う。さて、どこ行こう。そうだ!郊外へ向日葵を見に行こう!てな感じで、まったく気まぐれに向日葵の畑を探しに行くことにした。何もわざわざセルビア辺りで探さなくたって、もっと北へ上がりゃヤというほど有るのに。思い立ったら行かずにいられない性格が災いして、向日葵の畑探しということになっちまった。

ところが。タクシーの運転手さん。全然、英語が判らない。サンフラワーを連発したら、フラワーだけ判ったみたいで、街角の花屋に連れてってくれた。さて困った。困ったときの強い味方、イラストレーターの佐藤君が即席で向日葵の絵を書いてみせた。それに加えて、尾関記者が怪しげなスペイン語「ムーチョ、ムーチョ、フローラ」を連発したら運転手さん、本当に困った顔をしながら、何やら郊外に向かって走りだしてくれた。そしてようやく辿り着いたのが写真の向日葵畑。人が優しい国では、まあ何とかなっちまうもンです。
それにしても広大な向日葵畑だった。綿々と黄色い絨毯が続いている風景は、本当に感動的だ。その畦道もどき未舗装地まで運転手さん、ガンガン入ってくれて、ようやく良い写真が撮れました。セルビアの優しい人柄に触れた一日だった。
5月28日/水曜日 またもや昨夜はホテルの近くのバルでドンチャン騒ぎ。地元の人達と怪奇なスペイン語を飛ばしながら親交を深めた。当社記者である尾関君は大の語学マニアで、行く先々の国の会話集を買い込んでは、そいつを試したがる奴なのだ。バルでもビールを飲みながら、一人で会話集を眺めてニヤニヤと笑っている。「日本では米が主食です、でもパンも食べます。こいつを誰かに言ってみたい」とか「あ、この医療編に載っている服を腰まで脱いでください。これも使ってみたい」とか不遜なこと言っておった。おかげでホテルに帰ったのが2時すぎ。

それでも何とか8時にチェックアウトを済ませて、9時出発のコルドバ行きのバスに乗り込んだ。バスは連々と続く向日葵畑とオリーブ畑を抜けて、昼過ぎにコルドバへ到着。そのままメスキートを観て歩いたあと、花の小道へ。こいつが見事、背の低い家屋が折り重なるように繋がる典型的なスペインの町並みで、迷路のような露地をウロウロと歩き回って異国の情緒をハラ一杯味わった。6月のアンダルシアは流石に暑いねぇ。ちなみに途中で自動販売機のコカ・コーラを買ったら125ペセタだった。
コルドバ到着が6時すぎ。ホテルにチェックインのあと、歩いてアルハンブラ宮殿へ出てみた。7時を回っているというのに、まだまだ陽は高い。観光客も随分と歩いていた。それでもその、たおやかな、そして静謐な静けさには全員が感動!アルハンブラ宮殿に一目惚れした。
5月29日/木曜日
朝一番にて再度アルハンブラ宮殿へ。囀る小鳥の声に青葉繁る森。重厚な石造りの宮殿。何とも素晴らしい雰囲気だ。王宮への入場していられる時間は決められているようで30分とのこと。しかし充分、30分でモスレムの香りは堪能できた。いいねぇ、アルハンブラ宮殿。そのままヘネラリーフェ庭園にも入ってみたが、最初に受けた衝撃がデカかったせいか、それほどの感動は無かった。午後遅い昼食を済ませ、そのままコスタ・デル・ソルを目指した。
目的地はマラガの近く、トレモリノスである。途中、白い村ミハスに寄った。ミハスこそ、スペインらしいスペイン。イメージの中のスペインの村である。暑い陽射しの下で、ロバのタクシーをかまい、有名なサン・セバスチャンの通りを散策してきた。
トレモリノス到着は6時過ぎ。チェックインのあと、海岸へ出た。尾関記者は「トップレスのビーチだぁ!」とコーフンしていたが、残念ながら浜辺に海水浴客は殆ど居なかった。彼の落胆ぶりが余りにもひどいので、そのまま浜辺のレストランで残念会のお食事を採った。もちろん海鮮料理である。サン・ミゲルのビールを飲みながら海老とロブスター。カラマリ、なんか訳のわからない白い魚、名物のボケなんやらというカタクチイワシのフライをたらふく堪能した。
ビーチ周辺の店をウロウロ歩き回って10時すぎ。ホテルに帰って窓を開けると、階下からいきなり「花笠音頭」の大合唱が聞こえた。それも三味線入り!こいつにゃ、おったまげたね。思わず、3人で窓の下を覗き込んじまった。どうやら日本人会の旅行らしい。「炭鉱節」に「ベサメムーチョ」「上を向いて歩こう」「東京音頭」ときた。そんでもって、そのまま怒濤の如く12時すぎまで大騒ぎ。流石!やるこたぁ日本人だけど、そのパワーたるやスペイン魂だね。でもプールサイドで盆踊りするのだけは、やっぱし止めて欲しかった。
5月30日/金曜日
さて、悪夢のような一夜明けて。ねむい眼をこすりながら、朝の食堂で「どいつらだ、昨日の奴らは」とキョロキョロしたけど、幸いにも元凶には出会わなかった。彼らの幸運に乾杯しよう!オレンジ・ジュースで。

素晴らしい思い出をくれたコスタ・デル・ソルを無事旅立ち、セビリアへ向かう。途中峡谷の村ロンダに寄る。ロンダは絶壁の上に広がる古い村だ。呆れるほど深い谷に架けられた石橋プエント・ヌエボを観た後、スペイン最古の闘牛場へ行った。ちなみに途中で自動販売機のコカコーラを買ったら100ペセタだった。ロンダの闘牛場はいかにも昔のままという印象でなかなか宜しい。アルミニャン通りのカフェテラスで一息付いて、さてセビリアへ。幾つもの向日葵畑を抜けて2時間あまり。きっちりと向日葵三昧のアルハンブラを堪能して、セビリアの町へ着いたのが2時頃だった。
ところがセリアに到着してみるとセント・フェルナンドの日とやらで、すべての店、ランドマークはお休み。お目当てのカテドラルにも入れなかった。仕方ないのでスペイン広場で地元の子供たちを弄って時間をつぶした。ホテルにチェックインの後、再度町へ出たが、まあ見事に何処も彼処も閉まってる。バルやレストランまで閉まっているところがある。それでもサンタ・クルス地区をウロウロと歩き回って、それなりにセビリアの町を楽しんだ一日だった。 そうそう。語学マニアの尾関記者が食事の最中にニヤニヤと笑っている。「マイクさん、向日葵なんですがスペイン語で何んて言うか知ってますか?ヒラ・ソルというんですよ。畑はカンポと言うんです。」ふん!もうそんなこと、どうでもいいやい。そう思ったけれど「ほー!とか、ふーん!」とか言って関心しておいた。
5月31日/土曜日
チェックアウト後、ホテルの前でタクシーを拾っていたら、出国直前にキャンセルしたはずのリムジンが迎えにきちまった。そんでもって目の前で運転手同士が大口論!どっちの客だってぇ話らしい。どうやら地元のツアー客のための送迎会社とタクシー・ドライバーたちとは目茶苦茶、仲が悪いらしい。トランクに閉まっちまった荷物を出そうとしないタクシーの運転手とその仲間たち、リムジンの運転手とガイド。しまいにはホテルのコンシェルジェまで出てきて、入り乱れて声高に早口で身振り手振り入りで大口論。10分くらいは収拾が付かなかった。それでも何とか手打ちになって、無事我々の荷物はリムジンの方へ移った。気配りの人、尾関記者がチップをタクシーの運転手に渡そうとしたら、首を振って受け取らない。君達の問題ではないということらしい。やっぱし、人心は良いんだね。でも、わしらのことで喧嘩するのは見たくないなあ。
イベリア航空1123便。バルセロナ着は12時ちょい前。ホテルにチェックインの後、街へ食事に出た。たまには中華が良いということでサンツ駅の近くにある南京レストランという処へ入った。3人でビール飲んで、お代わりまでして、3人前のコースを食べて、最後にお茶飲んで7000ペセタ強!むちゃ安い。明日から毎日中華にしようかいな!ってぇくらい安かった。 食事のあと、東京屋へ寄って親父さんと雑談をしてきた。ここの親父さん、スペイン在住30有余年という大強者なのだ。異国の地に根ざして生きている人って本当に凄いなあ!お話を聞く度に関心してしまう。
「治安、悪くなってますからね。気をつけて」という親父さんの言葉を背にして、店の前からタクシーに乗ってピカソ美術館へ。ゴシック地区をウロウロしてランブランス通りに戻り、シマーゴで食い物を買い込んでからホテルに戻った。ちなみに途中で自動販売機のコカコーラを買ったら、150ペセタだった。
6月1日/日曜日
夜中に大雨が降った。朝起きたらイラストレーターの佐藤君が「いゃあ凄い大雨で、雷まで鳴るもんですから、驚嘆りして飛び起きたら、隣で寝てるマイクさんのイビキでした。」なんぞと憎たれ口を聞いた。大変ご迷惑をおかけしております。
さて。本日は先ずモンジュイックの丘へ出てみた。僕は再度ミロ美術館へ詣でた後、カタロニア美術館へ行く予定。尾関記者と佐藤君はモンジュイック城へ行った後、ロープウェイでバルセロネータの海岸へ出てみる予定だそうだ。「へへへっ。今日こそトップレスですぜ。ダンナ。」と尾関記者が目を輝かせていた。どうも取材の動機が不純だなあ。
ともあれ、二手に分かれて市内を取材。二人は夕方からモヌメンタル闘牛場に行くそうだから、ぜひこちらのレポートもお楽しみに。 僕のほうと言えばカタロニア美術館の後は、ふらふらとまたサン・アントニオ市場からエル・ラバル。バリオ・チーノ辺りに戻っちまった。昼飯は路地裏の小さなレストランで済ませた。ジャガイモと魚介類をぶち込んで、トマトとサフランで煮込んだスクェットというやつ。美味しいよ。そのまま暫くサン・ミゲル片手にその場で停滞。ついでに少し原稿なんぞも書いた。
そしたら急にフランシア駅が見たくなって、驚くほど安い勘定を払ってからシェスタの街へ飛びだした。
フランシア駅は昔のテルミニ駅を改装した駅で、国際列車と国内長距離便の発着駅だ。近代的なサンツ駅に比べると、いかにも欧州然とした駅構えが中々宜しい。好きだね、この駅。しばらく待合室の椅子に座って閑散としたホームを眺めた。線路の向こうにヨーロッパの街々を幻視する。しかし。どうも独りきりで歩いていると、取材気分なんか消えちまって、ただの彷徨者に戻っちまう。
6月2日/月曜日

最終日。本日も二手に分かれようということで、尾関記者はガウディ巡りと午後から東京屋の親父さんの取材。僕はディアゴナル通りからグラシア通りを散策した。スペインの名だたる一流品・ロエベから、マックス・マーラあり、グッチあり、エルメスありの、高級店が並ぶところがディアゴナル通りなのだよ。そのくせ、ぽつッと「マハ・キリン」なんてぇ変な銅像があったりする。グラシア通りも新興繁華街という雰囲気で中々宜しい。いわゆるモデルニスモの建築物が自慢げに並んでいる町だ。
ファルガでお土産用のチョコレートを買ったあと、ハッピーブックスで子供たちのために可愛い絵本を買った。ついでにグラン・ビア・ダ・ラス・コルツ・カタラナス通りにあるバルセロナ市観光センターの隣のインターネット・カフェに寄って、娘にEメールを出した。ローマ字で。けっこう良いお父さんなんですよ、私は。
昼食はランブラ通りのオープン・カフェで。ビールを飲みながら原稿を書いた。
そのままゴシック地区へ。ポルタフェリーシア通りに集まっている、お洒落な店をウロウロと見て歩いた。中でも最近出来たTinTinのキャラクター・ショップは面白い。それと月曜日なんで、大抵の美術館関係は休みなんだけれど、その周辺のお土産屋は開いているから、こちらの方も見て歩いた。特にピカソ美術館の周りの小物屋が面白いので、ウロウロと歩き回ったあと、サンタ・カテリーナ市場へ出た。
6月3日/火曜日
ホテル8時チェックアウト。昨日の夜も雨だったようだが現在のところは快晴。結局一度も雨ロスのない良い取材だった。イベリア航空の送迎車にてバルセロナ空港へ。少々、出発が遅れて12時ちかくに離陸。行きと同じコース、マドリード・モスクワにて乗り換え。東京には4日10時20分に到着した.
ちなみにこのときの模様はイラストレーターの
佐藤君もページにしています。