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Mike Shiraishi 

 

 

シェスタ/白昼の微睡み/バルセロナ旧市街

 迷路。彷徨。石畳。路地裏に響く喧騒。鋭い陽射しを切り裂くように立ち並ぶ中世の香り溢れる建物の峡谷の間に出来る薄暗闇は、時代を超えて、遠い彼方にある人間の始源を幻視させるような、そんな蠱惑的な振る舞いをしているように感じる。この無秩序な細い道の横溢が、バルセロナの旧市街の魅力だ。
 同じような雰囲気がパリの裏露地にも遺っているけれど、バルセロナのそれにはパリで見かけるような、どうしようもない猥雑感が無い。カトリックというお国柄のせいだろうか、それとも地中海の強い陽射しのせいだろうか。あくまでも乾いた無機的な石の堆積、といった印象を受ける。もちろん窓には洗濯ものが並び、彼処に季節の花が山のように飾られている。小柄な肥満体の婆さんが怒鳴りあうように土地の言葉を交わし、ヨレヨレの服を着た子供たちが細い露地の間を縦横に飛び回っている。そんな様子は、正にパリのそれと同じだ。しかし、どこか違う。それはこの街の極端に狭い道幅のせいなんだろうか。
 僕は土地の人の溜まり場らしい小さなバルに入ってみた。
 カウンターだけの小粒な店だ。何人か土地の男が先客にいた。何故か老人ばかりだった。午後2時を回っている。シェスタの時間だ。ラジオで不思議な中近東の音楽が鳴っていた。僕はカウンターの一番端、通路側の席に座った。そこからだと極端に細い四つ角が見渡せるのだ。
 まるでガウディの世界のように不均整な壁面で構成されている四つ角である。煤んだ灰色の壁面。その昔に射し込んだ陽光が、気粉れで焼き付けた影のように広がる黒い染み。その超現実的な模様を見るとはなしに眺めていたとき、少し見上げるあたりに四角く囲まれて通りの名前が表示されてるプレートがあることに気がついた。そう!考えてみれば当たり前のことだ。この縦横無尽に走る露地のひとつひとつには、すべて名前が付けられているのだ。
 路地裏に人が住み、そこを生活の場として生きているのならば、当然彼らは自分たちの行き交う道に名前を付けるものだ。押し込まれた狭い空間に超過多重的に折り重なる、細い道と人生。カウンターに座る無口な老人たち。スペイン語らしからぬ不思議な語感をもつ名前の羅列。無数に続く言葉のイメージに、僕は猛烈な酩酊感を受けた。
 見かけぬ闖入者に好奇心を持ったのか、老人の一人が話しかけてきた。もちろん何を言っているのかは判らない。それでも何度か繰り返された「シェスタ」という言葉だけは判った。遠い古代から途切れることなく続いているような白昼の微眠みの理由について、老人はその遠い由来を教えてくれているのかもしれない。しかし、ただ笑いながら頷く僕に、老人はついに肩をすくめて、そっぽを向いてしまった。
 僕はカウンターにバラ銭を置くと、そのままもう一度、露地の奥深く迷走の散策へ出かけた。
バルセロナの光と陰、露地を抜ける風。古代の夢。
バルセロナの裏露地は、いつでも蒼々と冷やかに哀しい。

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