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Mike Shiraishi 
ニューヨーク お奨め観光ポイント #1 #2 #3 #4

セントラル・パーク
Central Park
59th St. to 110th St.(bet.5th Ave. & CPW)
Subway/N,R to 5th Ave.;A,D,1,9 to 59th St.
 19世紀後半、いずれこの街がビルの群れに呑み込まれてしまうだろうと危惧されて建設された、まったくの人造公園である。公園に整備するまでは、瓦礫の山でゴミ捨て場だったそうだ。今、公園の中を歩いていても、その頃の面影はない。ただベルベデール城がある丘は、その時集められた瓦礫によって作られたものだそうで、確かにそばで見るとゴロゴロと巨大な岩塊が転がっている。ブルックリンハイツからの夜景は日没すぐが美しい。おそくなると、対岸のビルの窓の明かりが少なくなるよ
 昼間は市民の憩いの場として機能しているが、夜間は一転してホームレスのねぐらと化す。もっともホームレスに聞くと「あんな危ない所じゃ寝ていられない」というから、そのMDぶりは僕たちの想像を絶するのかもしれない。
 ともあれ昼間のセントラル・パークは美しく魅惑に満ちている。ここで終日遊ぶだけのためにNYへやってきたとしても、充分価値はあると思う。
 出入口だけで60か所有るというが、スタンダードな入口はやはりプラザの前、5thアベニューと59thストリートの角からであろう。ここら辺りは観光馬車の溜まり場でもある。15分くらいのショート・トリップで34ドル、チップを入れて40ドルだから是非乗られると良い。パカパカと蹄の音を聞きながら回るセントラル・パークは、夏は夏なりに、冬は冬なりに本当に素晴らしいものだ。
 もちろん、この公園が出来上がるまでの経過も、まさにNYらしい人間ドラマに満ちている。園内各所にあるケープコッドと呼ばれる小さな休憩所に腰掛けて、そのドラマを幻視してみよう。
 ドラマの中心はフレドリック・オームステッドという男だ。彼を真ん中に据えて、さまざまな人々の思惑が交錯し、ドロドロとした利権の取り合いを重ね、政治的な足の引っ張り合いを繰り返しながら、実に35年という月日をかけてセントラル・パークは完成した。長く辛く紆余曲折を重ねて、この美しい人造の森が生まれたのである。
 オームステッド自身も、プロの造園家ではなかった。どちらかというと政治家の間を渡り歩くロビイスト的な色彩の強い男だった。しかし彼がこの公園に賭けた情熱は、彼の人間的な欠点を総て払拭してしまうほど痛烈なものだったのだ。彼の樫の木のような頑固さと偏屈さが無かったら、この公園はこれほど完全なものとして完成しなかったかも知れない。
 散策は、前述の角からそのまま路に沿って入って行くと良い。ザ・ディリーという案内センターの横を通ってペセスダ・テラスに向かうザ・モールという並木路に入れる。野外音楽堂を横に見て斜め前がザ・レイクだ。左に向かえば、ジョン・レノンのストロベリー・フィールド。そのまま真っ直ぐ歩くと、貸し自転車屋の横から不思議の国のアリス像の前を抜けて、ベルベデール湖へ出る。目の前にデン!と有る広場がザ・グレート・ローン。ここではよく子供たちがフットボールに興じている。
 べルべデール湖の畔にあるべルベデール城には是非昇ってみよう。ここの屋上から見る
眺めは、NYベスト・ヴューのひとつだ。ザ・グレート・ローンを挟んで右側にあるのがメトロポリタン美術館、左側がアメリカ自然史博物館である。
 セントラル・パークを歩くと、こんなもンを無から作りあげてしまうアメリカの凄さを本当に実感する。

チャイナタウン
Chinatown
South of Canal St.,east of Broadway,north of Worth St.
Subway/J,M,N,R,Z,6 to Canal St.;B,D,Q to Grand St.
 全米最大級のこのチャイナタウンは、今でも広がりつつある。しかし、その構成要員は少しづつ変わりつつあるようだ。特にべトナミーズの進出は目を刮はるものがあり、既存勢力との内部抗争が、実に執拗に続けられているという話だ。チャイナタウンとリトル・イタリーの攻勢は既に勝敗が付いたようで、公式にはキャナル・ストリートより北がチャイナタウンということになっているが、実際に歩いてみるとリトル・イタリーの中もチャイニーズの看板だらけである。
 NYのチャイナタウンは「食の町」だが、贋モノ・オンパレードの町でもある。時計・バック類から、おいおいこんなモン有るかよ?という奴まで、さまざまな贋モノが売られている。ちなみにこの本のために写真を撮ろうとしたら、コワいおニイさんにエラい怒られたので、ご注意を。

クーパー・ヒューイット美術館
Cooper-Hewitt Museum
2 E.91nd St.,212-860-6868
Open,Tuesday 10:00-21:00;Wednesday to Saturday,10:00-17:00;Sunday,12:00-17:00
Subway/4,5,6 to 86th St.
 もともとはアンドリュー・カーネギーの私邸として建築されたもので、その豪華さは正に圧巻。数知れず並ぶ客間、絢爛なる調度品、美しい庭など、アメリカの富豪というものが往時どれほどのものだったか見事に窺い知れる美術館だ。これを観にいくだけでも価値のある美術館である。NYの美術館・博物館の多くは、こうした金持ちたちの寄贈や寄付によって成り立っている。慈善事業という発想なのだ。
 1972年より、テキスタイルや刺繍・レースなどのコレクションで有名だったクーパー・ユーイット美術館が、カーネギー家のバック・アップも有ってここに越してきた。同コレクションは、いわゆるファイン・アートでないものばかりを集めており、NYに数多い美術館の中でも特異な位置にあると言えよう。

クライスラー・ビル
Chrysler Building
405 Lexington Ave.(at 42nd St.)212-682-3070
Subway/4,5,6,7,S to Grand Central
 ラジエーターのグリルを模したという尖塔部分はステンレス製で、陽の光があたると眩しいほどに光り輝く。僕は、このビルがNYで一番美しいビルではないかと思っている。
昔は展望台が一般公開されていたそうだが、今は昇ることは出来ない。
 このビルを生み出したのは「世界一高いビル」に憑かれたヴァン・アレンという男である。20世紀初頭。世界一高いビルの称号は長い間ウールワース・ビルのものだったのだが、そのチャンピオン・ベルトに挑戦すべくクライスラー・ビルは計画されたのである。
華々しく栄光に満ちて建造が開始された時、彼の知らない処でとんでもない落とし穴が仕掛けられていた。ヴァン・アレンの親友だったジェンキンスが、ヴァン・アレンの足を掬うべくチェース・マンハッタン銀行と、クライスラー・ビルより60cmだけ高いビルの計画を練っていたのだ。
 ほぼ同時に両社のビル工事が開始する。工事半ばにして、ヴァン・アレンはジェンキンスの意図を知った。沈思黙考した彼は、密かに工事中のビルの内部で長大な尖塔の製作を指示し
た。そしてビル完成当日。たった90分で、その尖塔が追加工事されたのである。ほくそ笑むXXXは、たった90分で見事地獄まで叩き落とされてしまった訳だ。
 その男たちの夢の跡。クライスラー・ビルが一番まとまって見えるのは、レキシントン通り35丁目あたり。あるいはチューダーシティ・プレィスの42丁目に掛かる橋の上あたり。夜になると美しくライトアップされ、その姿もなかなか見事である。

シティ・ホール
City Hall
Broadway at Murry St.,212-788-3000
Subway/2,3 to Park Pl.;4,5,6 to Brooklyn Bridge-City Hall;A,C,E to Chambers St-W
TC;J,M,Z to Chambers St.;N,R to City Hall
 この周辺はNYにおける公共設備が集約している地帯でもあり、それらの殆どが一般公開されているから、時間を取ってぐるりと回ってみては如何だろうか?ダイハード3でドカン!とやられた連邦準備銀行やNY市役所、ツイード・コートハウス、セント・ポール・チャペルなど、興味深いものも多い。クライスラー・ビルが建つまで世界一だったウールワース・ビルも、すぐ近くに建っている。ちなみにウールワース社は、その工事費用を一括で現金にて支払ったそうな。猛烈な資金力である。
 温かい季節になるとシティ・パークでは休日にグリーン・マーケットも開かれている。
もともと古い街でもあるので、近くのナッソー・ストリートを散策したり、そのままフルトン・ストリートをピア17へ向かって歩いても面白い。

ザ・クロイスターズ
The Cloisters Museum
Frot Tryon Park,212-923-3700
Open Tuesday to Sunday,9:30-16:15
Subway/A to Dickman St.
 マンハッタンの最北部フォート・トライオン・ヒルズの丘の上に建つメトロポリタン美術館の分館である。クロイスターというのは修道院のこと。実際にフランスやスペインに有った中世の修道院を幾つかを買い取り、それらを組み合わせて造られたのがこの美術館だ。中庭・展示室・チャペルで構成されており、中世キリスト教文化の生んださまざまな美術品が見学できる。とくにフェンティデュエーニャ・チャペルは圧巻で、キリスト教徒でなくても敬虔な気持ちになるから不思議だ。
 20世紀初頭、戦火に疲弊する欧州。その各地で、荒廃するしかなかった古い修道院の美味しい部分を買い漁ったのは、金満家で三流彫刻家のジョージ・バーナードという男である。彼は金にモノ言わせて欧州各地でさまざまな中世の遺物を集め捲くった。そしてこれらを合成し、フォート・トライオン・ヒルズに個人美術館を興したのだ。これが現在のザ・クロイスターズの前身である。しかしそれは余りにも稚拙な合成物でしかなかったという。その個人美術館が売りに出ると、ジョン・D・ロックフェラーが全面的に買い取り、整備し充実させ、メトロポリタン美術館に寄贈したのである。今、我々が観るザ・クロイスターズは、ロックフェラーと彼のブレーンによる作品である。
 入場料はメトロポリタン美術館と当日のみ共用。例えば金曜日など、あちらが遅い時間までやっている日は、ついでに一緒に観て巡るというテも有る。
 この辺りはマンハッタンらしからぬ自然の多い地域で、是非近くのフォート・トライオン公園へも寄ってみて欲しい。ハドソン川の対岸の壮大さに感動するはずだ。

デックマン・ハウス
Dyckman House
Open Tuesday to Sunday,11:00-16:00
488 Broadway(at 204th St.)212-304-9422
Subway/A to 207th St.
 ディックマン家はオランダ人の豪農だった。もともとマンハッタンは彼らオランダ人によって開拓された土地で、インディアンからこの地を買い取ったのも彼らだった。オランダ人の質実剛堅な気質と精力的な開拓精神が、この街を生み出していったのである。 アメリカの移民の歴史は、欧州で赤貧に喘いだ人々の亡国流浪の歴史だ。ディクマン・ハウスは、その悲惨な亡国流浪の時代が始まる前の、短い静謐な時を保存している。
 ここは当時の生活ぶりが知れる現存する唯一の建物で、室内には18世紀から19世紀初頭の生活用品や調度品が数多く展示されている。ザ・クロィスターズの近くなので、一緒に予定のなかに組み入れられると良い。アメリカ合衆国の歴史が東海岸から始まったことを実感させる博物館だ。

エリス島移民博物館
Ellis Island
Liberty Island,New York Harbor,212-363-3200
Open daily,09:00-16:00,ferry information 212-269-5755
Subway/1,9 to South Ferry;N,R to White St.
 自由の女神行きフェリーの次の停泊場所がエリス島である。実際に1950年代まで使用されていた移民局をそのまま博物館として整備し、一般公開している。当時の移民たちの遺留品・写真・ビザなどが多数展示してあり、彼らの血と汗と涙を肌で感じることができる。煉瓦色の美しい建物だが、中に入って見学しているうちに、華やいだ観光気分が吹っ飛ぶほど厳粛な気持ちになる博物館だ。
 19世紀後半。欧州を席巻した「君もアメリカへ行って、自由と富を掴もう」のブームが、アメリカへの壮大な流民の潮流を生み出した。今のアメリカを形成しているのは、彼ら赤貧の民の末裔たちなのだ。
 多くの貧民たちは全財産をはたいてアメリカ行きのチケットを手に入れて、夢と希望を持って海を渡ってきた。その夢の前に立つのがエリス島移民局だった。伝染病の者、精神障害者、重度の身障者。多くの者が、ここで入国を冷たく事務的に拒否された。「腐った林檎樽」と仇名された移民船に乗るのに検疫はない。船内はいつでも伝染病の巣窟と化し、死亡率は常に1%ちかく有ったという。家族で移民しようとやって来た者たちの中で、最初に病気で倒れるのは常に子供たちである。例えば、5人家族でやってた貴方が移民審査で「この子供は伝染病だから駄目。お前たちは良い。」と言われたら。貴方はどうするだろうか?土地も家屋も売り払い、全財産をはたいて、既に帰るところの無い貴方はどうするだろうか?そんな地獄の選択が日常茶飯事のように行われていたのがエリス島である。
 ミュージアムアム・ショップには日本語の解説書も販売されているので、ぜひ買われると良い。欧州で赤貧に喘いだ人々が、どれほどの覚悟と決意をもってアメリカへやってきたか。そして、その彼らの前に立ちはだかるエリス島というハードルがどれほど高いものだったか、熱い想いと歴史の重さが伝わる本である。特に子供連れには重要な観光ポイントだ。
 ところで。周辺を見回してみると良い。来ているのは白人と黄色人種ばかり、黒人は数えるほどしかいない。奴隷としてこの国に入ってきた彼らにとって、エリス島は何の価値も無い処なのだ。

エンパイア・ステート・ビル
Empire State Building
5th Ave. at 34th St.
Open Daily, till midnight
Subway/B,D,F,Q,N,R to 34th St.-Herald Sq.;6to33thSt.
 今だに周辺を圧して屹え立その雄姿は、まさにこの街のシンボルである。夜は、時節折々によって美しくライトアップされる。1931年、世界不況の真っ只中に建てられたこのビルは、高さと共に建築コスト・建造期間も当時世界一だったそうだ。しかし完成後、テナントが集まらずエンプティ・ステート・ビルと仇名されたという逸話も残っている。
展望台は86階と102階。出来れば時間を取って昼夜合わせて2回、昇られると良い。
ここの眺望の凄さは、必ずや貴方にカルチャー・ショックを与えるはずだ。
 展望台行きのチケット売り場は地下一階にある。同じフロアに、何でも世界一を集めたギネス博物館が有るから此処にも寄ってみよう。「面白うて やがて哀しき 世界一」という気分になる。
 街なかで、このビルが美しく見えるところは多い。34丁目の通り。NY私立図書館裏の公園。5thアベニュー、26丁目付近あたり。5thアベニュー、26丁目付近あたりがお薦めだ。

フェデラル・ホール
Federal Hall Nationa Memorial
26 WallSt.,212-264-8711
Subway/J,M,Z to Broad St.;2,3,4,5 to Wall St.;1,9 toRector St.
 アメリカ独立の気運はNYから立ち上がった。フェデラル・ホールは、その独立宣言が行われた場所である。草案となった原稿がホール内に展示されているから見学しよう。
 正面玄関にはジョージ・ワシントンの銅像が建っている。ここは彼の大統領就任式が行なわれた場所でもある。その時の模型なども展示されている。
 長い間シティ・ホールとして使用されていた後、税関局になったり裁判所になったり放置されたり二転三転して、現在はナショナル・メモリアルとして保存されている。ウォー
ル街の高層ビルが立ち並ぶ谷間にポツリと取り残された白亜のギリシャ建築風の建物は、不思議な感慨があるものだ。 
 平日はビジネスマンが足早やに行き交う街であるが、日曜日は見事閑散とする。出かけるならば日曜日がお薦め。最近よく絵を描いているオジさんを見かける。

フラットアイアン・ビル
Flatiron Building
1755th Ave.at E.23th St.
Subway/N,R,F to 23thSt.
 1902年に建てられたフラー社のビルは、その異様な形状から人々に「アイロンみたいな」ビルと仇名された。鋭角な立体三角形をしたその姿は、確かに正面から見るとそんな風に見える。一番狭い部分は2メートルもないそうだ。現在でも現役のオフィス・ビルとしてきちんと機能しているのが、この街らしくて良い。しかし噂によると内部の設備の老朽化は壮絶なものだそうだ。
 高層建築が乱立しているNYで、全身が見渡せるビルが少ない。フラット・アイアン・ビルは5thアベニューとブロード・ウェイ、23丁目の六叉路に建っているので、見事に全身が見渡せるのだ。その意味でも貴重なビルである。マディソン・スクェアのベンチに座って昼食でも食べながら、じっくりとその雄姿を眺めよう。

フランセス・ターバン博物館 
Fraunces Tavern Museum
54 PealSt.,212-425-1778
Subway/4,5 to Bowling Green;1,9 to South Ferry;N,R to Whitehall St.;J,M,Z to Bro
ad St.
 ワシントンの執事だったフランセスの私邸で、ターバンとは居酒屋のこと。彼の夢は居酒屋を開くことだったそうな。現在でもレストランとして堅実に営業しており、土地柄かウォール・ストリート片手に黙々と食事をする壮年のビジネスマンたちを多く見かける。
 高層ビルが立ち並ぶ中にポツリと残された古い建物が群まる一角である。
 2階は、独立戦争に勝ったワシントンが部下たちと慰労会を開いた場所として有名なところで、現在は博物館になっている。
 独立戦争前後のさまざまな生活用品、記念品、調度品が展示されているので、休憩かたがたレストランでコーヒーでも飲んだ後は、そちらへも回ってみよう。

GE(RCA)ビル〜ロックフェラー・センター
GE(RCA) Building and Rockfeller Center
30 Rockfeller Plaza
Subeay/B,D,F,Q to 47th-50th Sts.-Rockefeller Center
 ロックフェラー・センターは、一つの独立した完全無比なる街を生み出そうとしたジョン・ロックフェラーの夢の産物である。もともとはコロンビア大学の所有地だった所で、当初はメトロポリタン・オペラハウスを建造する目的で借りたものだった。折しも全米を襲った大恐慌がその計画を頓挫させた。抜本的な見直しを余儀なくされたロックフェラーは、全て自己資金に依ってこの夢の街の建設を実施したのだ。
 現在は、およそ10ヘクタールの土地に18の商業・オフィスビルが立ち並ぶ。その中央にデン!と鎮座ましますのがRCAビルだ。もっとも今の正式名はGEビル。でも誰もそう呼ぶ者はいない。ここの65階はレインボー・ルームと呼ばれており、レストランがある。まさに絶景なので是非昇ってみられるべきだ。 
 5thアベニューからの通りがチャネル・ガーデン。ここから入って正面中央にある広場の金色のプロメテウス像は、あまりにも有名だ。この広場は、夏はカフェ、冬はスケート・リンクとなる。絶好の観光写真ポイントである。

グランドセントラル駅
Grand Central Terminal
E.42nd St.and Park Ave.,212-935-3960(tour information)
Subway/4,5,6,7 to Grand Central
 ホームレスたちの「マイ・スィート・ホーム」だった駅構内から、いつの間にやら彼らの姿が消えた。安心すると共に、どうも心配するねぇ。彼らは何処に行ったんだろう。
 ペン・ステーションが長距離列車の発着駅なのに対して、ここは近中距離列車のための駅である。映画「恋におちて」で主人公たちが利用する通勤電車がコレ。朝晩は東京駅なみのラッシュで大騒ぎとなる。巨大な高い天井の中央コンコースが有名だ。
 ほとんど毎日、構内のどこかでストリート・ミュージシャンが演奏をしている。ジャズありクラッシックあり民族音楽ありで、こいつらが猛烈に巧い。どうも道楽で演奏してるんじゃないかと思うくらい巧いのだ。中央コンコースを見下ろすように階段付近にカフェがあるので、ここで休憩しながら足早に行き交う人々を見たり、彼らの演奏を楽しんだりすると良い。

グリニッジ・ヴィレッジ
Greenwich Village
14th St. to Houston St. east and west of Washington Square Park
Subway/B,D,F,Q to Broadway-Lafayette;N,R to 8th St.;6 to Aster Place or Bleecker
St.
 この街に郷愁を持つのは「おっさん」だそうで、今はイースト・ヴィレッジがナウいんだそうだ。だからもちろん僕はヴィレッジが大好きだ。錆びた非常階段に茶色い煉瓦色の肩を並べる建物。豊かな街路樹。O・ヘンリーが愛した美しいヴィレッジは今でも健在だ。特に7thアベニューより西側、チャールス・ストリート、ペリー・ストリート辺りを歩いてみよう。この街の生活の匂いがはっきりと感じられるはずである。
 お土産屋は西8丁目、西4丁目辺りに特に多く集まっている。Tシャツ類がお薦めだが、ちょっとしたアンティークの店で少し高価なものを買うと、それが後でとんでもない値打ちモンだったりするのが、この街の実力だ。
 ヴィレッジには、本当に商売が成り立っているのかいな?と、こちらが心配になるような店が幾つも有る。明快にコンセプトを絞り込んでソレだけを売っているのだ。例えば、水晶だけチェスの道具だけベース・ボール・カードだけなんてぇのから、女装者相手のブティックとか悪魔招聘の祭具屋とか、まったく不思議なものをネタに鷹揚にノンビリと商売している。面白い街だ。

グッケンハイム美術館
Guggenheim Museum
1071 5th Ave.,212-423-3500
Open everyday but Thuseday,10:00-20:00
Subway/4,5,6 to 86th St.
 巨大な白い蝸牛を思わせる同館は、その形状通り前衛的なコレクションを誇る。近代美術館と共にNYにおける現代美術の雄だ。メトロポリタン美術館を出て、5thアベニューを北に歩くと数ブロック先に忽然と現れる。絶対に一発で判る美術館である。
 創設は1959年。現代アートのパトロンだったソロモン・グッケンハイムによって発案され建築されたが、諸般の事情で15年も完成までかかってしまい、オープン時には既に彼は亡かった。
 コレクションは彼が精力的に集めた欧州の抽象画やジャスティン・タンハウザーの集めた印象画・現代絵画の数々が中心となっている。ぐるぐると螺旋状のスロープを昇っていくと、20世紀ファインアートの全体像が把握できるように構成されている。
 1992年に新装オープンしてから、ここのコレクションの充実ぶりはNY随一かも知れない。20世紀の前衛美術がクラッシックになってしまった今、この美術館の価値は高い。

ハーレム
Harlem
noth of 110th St.
Subway/A,B,C,D,1,2,3,4,5,6,9 to 125th St.
 メイン・ストリートは125丁目である。地下鉄ABCDと456の間を、なるべく足早に歩いて社会見学をしよう。特異なブラック・カルチャーの匂いを実感できる。夏場はフリーマーケットや様々な露店が立ち並ぶこともあるので、出かけるならば日曜日がお薦め。125丁目以外は、観光客は遠慮したほうが賢明だ。
 ハーレムは今でも黒人たちの生活の拠点だ。彼らは此処で生まれ、此処で育ち、自分たちの文化を守る。そこへ物見遊山で行くわけだから、節度を持って出かけるべきである。
ハーレムはアブない処という意識以前に、彼らの文化を尊ぶ気持ちを持たなければいけないと僕は思う。
 途中に有名なアポロ・シアターが有るが、入場はお薦め出来ない。観てもアマチュアに毛が生えたような連中ばかりで、稚拙な芸にガッカリするだけなのだ。
 歩き回るのは不安だけど、とりあえず観てみたいと言う方には、市バスを利用するというテも有る。ザ・クロイスターまで走っているM5がお薦め。125丁目は走らないけど、乗り降りする乗客や窓の外の風景から、充分ハーレムの雰囲気は堪能できる。

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