リオデジャネイロやサンパウロといったブラジル南部の現代的な都市に住んでいる人々にとって、アマゾンはサンフランシスコやニューヨーク・パリよりも遠い場所なのかも知れない。
そんな気がしたのは、あの国へ出かけると必ずホームパーティに招いてくれる友人たちがまるで判を押したように「アマゾン川は見たことない。」と言うからだ。
僕はブラジルが大好きだ。音楽も食事も人も。ブラジルに強く惹かれる。リオやサンパウロも好きだけど、アマゾン川中流にあるマナウスも、河口にあるベレンも大好きな街だ。
河と言われなければ、そのまま大西洋に向いた港と思い込んでしまうような風景が好きだ。
ブラジルの友人たちは僕がベレンへ行くと話すと、一応に「遠いなあ」と言う。そして僕が「行った事は?」と聞くと、必ず「無い」と答える。彼らにとって中央ブラジルは、わざわざ旅行するような土地ではないのかもしれない。一度そのことを仲の良い某銀行のチェアマンに聞いたことがある。彼は首をすくめて言った。
「日本人だってそうだろ。大抵のツアー客はリオを観て歩いた後はそのままイグアスの滝へ行ってしまう。そして、そのままアルゼンチンへ出国してブエノスアイレスへ行ってしまう。わざわざアマゾン河へ行きたがるのはフィッシャーマンだけだよ。」
何とも鉈で打ち切ったような意見である。
マンゴー並木の街・ベレンへの賛歌を彼らから聞くことはない。
もしかすると、この国の地方都市については僕のほうが詳しいかもしれないな・・僕はそう思って一人でニヤニヤした。
ところで。僕はいまこれをベレンの街、ベロ・オ・ペーゾ市場のすぐ傍のレストランで、昼間からピンガを片手に泥蟹を食べながら書いている。
昨夜、サルバドールからの便で夜遅くこの街にやってきたのだ。そしてホテルで仮眠したあと、早朝から街に出た。旧市街をあてもなく彷徨した後、以前にも寄った事のある此処で早い昼食をしているところである。もちろんホテルと違ってクーラーはない。温室のような熱気が、ここがブラジルの南側の都市と違う街であることを明確に主張している。したがって汗をふきながら、これを書いている。
ベロ・オ・ペーゾは、そのベレンの街で一番有名な市場である。アマゾン川の畔、いかにも旧いポルトガルの香りが漂ってきそうな市場だ。
市場の中を歩いてみると、アマゾンで捕れる魚介類。野菜類が雑然と、騒然と、所狭しと並べられて、喧騒のうちに売られている。領事館のページで「危険地帯である」と名前を挙げられている同市場だが、意外に欧米の観光客は多い。したがって観光客狙いの土産屋もある。ピラニアの剥製やカランージョの置物。ピラルクの鱗。訳のわからない飾り物が売られている。もちろん手に取ったら最後。買うまでしつこくまとわりつく。しかもポルトガル語と片言の英語で。こっちが「ノー!」を連発したって、ビクともしないその商魂は尊敬するに足ると思うね。
このアマゾン河の小都市へは、2回目の訪問だったので、今回はガイドを誰にも頼まなかった。独りきりで「街」と話をしてみようと思った。
だからホテルも市街地にあるものを選んだ。前回はマンハッタンにあるブラジル・ストリートの中にある旅行代理店にマラジョー島東岸のリゾートホテルHotel
Ilha de Marajoを奨められて、そこに泊まったんだけど、今回は自分で自由に歩ける場所にあるホテル・ヒルトンにした。僕の泊まった10階の部屋は小さなベランダが付いており、そこから街を一望すると遠くに永久なる悠久の河アマゾンが見えて、なんとも感慨深い。窓から見下ろす街の景色は緑豊かで美しい都会だ。
もっとも前述の日本領事館のインフォメーションには。
「悪質な犯罪が急増しています。交差点で信号待ちをしていて、数人の浮浪者に襲われたり、一流ホテルの前で強盗や引ったくりに遭う人も多くなっています。また、2001年7月下旬、市内の共和国広場の南西側裏通りで、日本人滞在者が3人組の強盗に襲われ、右腕、右手首及び左足膝に擦り傷(軽傷)を負い、貴重品等を奪われるという事件が発生しています。同広場周辺は夜になると治安が悪くなり、2月にも日本人旅行者が2人組の強盗に襲われ、負傷し所持品を奪われるという事件が発生しています。夜間の立ち入りは避けた方が良いでしょう。なお、ベロ・ペーゾ市場の一人歩きも危険です。」と有り、日本人の一人歩きを諌めている。
そうかなあ。少なくとも僕個人はこの赤道直下の街にそうした危機感を感じなかった。
街路樹が多い、落ち着いた雰囲気の街である。人通りも多く、車も多い。小都市と言っても充分に「文明の匂い」がする街だ。それに、街に生きて生活している人が多い。ここを「危険」というならばNYCのほうがはるかに危険な街だと僕は思う。
ヴェロペーゾ市場から旧市街のコロニアル風の町並みは本当に美しい。カステロ要塞のあるフレイ・カエタノ・ブランダン広場の周辺にあるベレン美術館・パラー州立美術館パラー宗教美術館・シリオ博物館などをあるいているうちに、きっとこのまま2日や3日はすぐに過ぎてしまうんだろうなと思った。街を歩いていると豊かな枝振りのマンゴーの木が沢山ある。よく見るとその枝々に小さな瓢箪のようなマンゴーの実が鈴なりに生っている。
この実が熟れる季節はきっと街中がマンゴーの甘い匂いに満ちるにちがいない。
僕はとても希少な美しい宝石に出会ったような気がした。
ホテルのロビーの奥に小洒落たビュッフェが有ったが、僕は結局滞在中一度もそこを利用しなかった。食事はすべて街で済ませた。街のレストランに入れるかどうかが僕はその街の「危険度」の最良の尺度だと思っている。